第二次冷戦の壁 The wall of the second cold war

新冷戦、第二次冷戦については様々な定義が提唱されているが、いずれも正に今の世界史の局面を捉えようとしている事に違いは無い。現代においてさえ大国は、周辺諸国への侵略を繰り返し、大国同士が顔を突き合わせる所まで、その覇権を広げようとする。

しかし、第二次世界大戦中に開発された核兵器の威力は凄まじく、以後は大国同士が直接戦火を交える事は躊躇され、武力衝突は小国による代理戦争のみとなった。大国は、それぞれ同盟国で経済的ブロックを築いて対峙するようになり、その様を冷たい戦争と表現されるようになった。

イデオロギーを旗印に世界を二分した東西冷戦は、第二次世界大戦の終局、1945年ソビエトのクリミア半島におけるヤルタ会談に始まり、そして1989年11 月9日ベルリンの壁崩壊、1991年12月25日ソビエト連邦の解体をもって冷戦の終結とするのが一般である。その冷戦の勝敗を決定付けた主因は、イデオロギーの優劣ではなく、その時代の経済力の差であったと考える。産業革命以来の西側陣営の経済的基盤が、東側陣営に勝っていたのは明らかであっただけである。そして、冷戦中の経済的作戦としての対共産圏輸出統制委員会(COCOM)は、1994年3月に解散する。

冷戦終結後は、ロシア、中国ともに資本主義経済に飲み込まれ、世界経済はグローバリゼーション化が進む。皮肉なことに冷戦後の自由経済社会に於いて一番の恩恵を受けたのは中国で、その中国は世界の工場の地位を確保する事になった。

今、冷戦で負けた老兵が去って、恨みだけを受け継いだ次世代の指導者達は、少しばかりの経済的発展の喜びに興じながら、再び覇権の夢に惑わされ始めた。第一次冷戦の主戦場はヨーロッパであったが、第二次冷静の主戦場は中東とアジアである。中国は、東シナ海では第一列島線を伺うかのように、尖閣諸島へのガス田開発を推し進め、南シナ海では人工島を建設して九段戦を具現化しようとしている。まさに新たな冷戦の壁が築かれつつある。

必ずや第二次冷戦の勝敗を決定付けるのは、軍事力でなく経済力と考える。ならばアメリカが中国に対して、いつ経済戦争を仕掛けるかで第二次冷戦の戦況は大きく動き始める。その時まで日本は、世界史に於ける第二次冷戦の勝ち組になる為の政治に、注力しなければならない。