先進国としての日本

日本は、世界史と言う終わりなきレースの中で今は、先進国と言われる先頭集団を走っている。現在の日本で生まれ暮らしている自分は、本当に幸福であると感じている。そして此の豊かで美しい日本が永久に栄えて、我々の子孫に幸福が受け継がれて行くことを切に願う。そこで、今日の先進国と呼ばれる先頭集団に入る迄の近現代史を少しだけ振り返り、今後の世界史レースでも日本が先頭集団で走り続ける為の条件は何かを自分なりに考えてみた。

まず地球儀と近現代史を俯瞰してみると、今日の日本国の繁栄には必然と偶然が存在していた事が解る。近代史まで白人文明には殆ど注目される事の無かった日本国が何故、欧米列強による植民地化を免れて、その後に先進国の集団にまで上り詰めることが出来たのかを考える必要がある。その理由としては、欧米の彼らから見て日本国は最辺境に位置する地政学的偶然と、西欧に対等する文明・政治統治機構を持っていた事による必然であるとされている。

まず地政学的偶然として、欧米列強も広大なインド、中国から得られる利得が十分過ぎた事で、最後の辺境国である日本国までも植民地化する経済的効果は小さいと判断された事には納得がいく。結果、近代まで一度も他国に侵略・征服されて政治・文明が絶える事が無かった。

次に文明・政治的な必然性を振り返る。古代史の天皇制・律令制に始まる日本国の政治的統治は切れ目無く引き継がれ、中央集権と地方分権が程よく融合した統治機構は、単一の文化でありながら地方都市にも発展と多様性を生み出し、世界史に於いて独立した文化を築き上げた。更に重要な点は教育水準で、封建制が終焉する頃には特権階級以外でも、寺子屋などにより一般庶民にも初等教育が行われることで、国全体の知識水準が向上していた事が、後の技術立国の礎となった事は疑いの無い事実である。

偶然と必然の結果、資源に乏しい狭い国土にありながら安定した食料生産の上に明治維新以降、日本は人口を増やし技術立国を成し遂げて、非キリスト教かつ有色人種国家で唯一の先進国として成熟した。

その後の現代史に於ける先進国は、数百年に亘る科学技術の積み重ねを基礎に、強大な軍事力で世界を支配することになる。そして第二次世界大戦後、先進国は石油エネルギーを利用する車・鉄道など流通の社会資本を整備し、近年ではIT革命による通信技術で世界をリードした。僅か二百年ほどで人類は急速な技術文明の発展をみせた。

ならば、科学技術を独占してきた先進国は、未来も世界史を支配し続けるであろうと考えるが、どうやらレース展開にも変化の兆しが見え始める。西欧が掲げる自由と民主主義と教育が、その植民地の人々を目覚めさせ、次々と独立国が誕生し、遂に植民地政策は終焉した。その一方で、先進国の中には年老いて病に伏せる老人を連想する国も現れ始める。宗主国の内政では、有権者の要求に応えるべく、社会資本より社会福祉の充実により多くの予算を注ぎ始めると、たちまち国家財政の悪化を招いてしまう。現代の世界史のレース展開は混沌としてきた。

さて、視線を過去から現在の世界に移す。近年のIT技術の進歩により、誰もが何処に居ようとも、高度な知識や情報を瞬時に入手出来るようになると、世界の知識格差が急速に狭まることになる。その結果、若々しく自信に満ちた新興国が次々と台頭し、それぞれが政界経済に於いても重要な地位を占めるに至った。そして今や先進国の世界経済に於ける優位性が薄れた時代になってしまった。日本の国力にも陰りが見えてきたのが心配である。

最後に近現代史を前提として日本の近未来を演繹的に予想する。未来に於いて輝く国が備える必要条件は、迅速な政治決断と社会の機会均等である。社会的・経済的な発展には、誰もが平等の機会を有し、起業のためのハードルが低く、広範囲な分野でイノベーションを生み出す素地を持った国が未来の世界史レースをリードするはずである。では、日本は先進国で在り続ける条件は整っているのであろうか。マスメディアが政治をポピュリズムに駆り立て、既得権益は社会の隅々まで絡めて身動きが出来ない様では、この国の未来に先進国の資格は無いと思える。