出直し大阪市長選
大阪維新の会、大阪都構想、いずれの表題にも対立する意見が存在するのは当然である。現在の日本は民主主義の上に築く立憲政治の国であり、政治行政は選挙に基づく間接民主政治である。政治行政の根幹を成すのは多数意見であり、少数意見には思いやりで対処すべき問題である。ただ激変する世界の中で、取り残されては駄目で、素早い意見集約が必要である。そして大阪都構想に関しても賛否を求めるに早すぎるとは言えない。尊重される多数は少数を思いやる、ただそれだけである。
政治的には素人であるので一抹の不安があるのも事実である。現在の大阪市政に近隣国や創価学会の影響がどれ程存在しているのか、実は知らない。ただ東京から伝えるメディアが大阪に冷たいのは事実である。記憶に新しい所では、大手メディアが日本の歴史的差別の手法を用いて橋下代表へのネガティブキャンペーンを平然とやってのけたのには驚きを禁じ得なかった。良くない感想であるが、自分には当てはまらない事案と思った日本人は、とりあえず優等生の態度で発言をしたのは当然である。しかし多くのテレビ番組でキャスターやコメンテーター達が、件のメディアによる橋下代表への人権侵害問題を非難する前に必ず、橋下代表の人柄に問題があり政治的にも支持できないと前置きするのを視て、日本メディア、東京には正義と道徳が存在していない事を痛感した。
橋下代表を政治的に支持して期待する理由は、自らが関わる人権問題を最優先するのではなく、日本と大阪の利益に注力し、近隣国、創価学会、破瓜型メディア・ジャーナリストに対応している姿を見て信頼したからである。